主宰の山永耕平は、九州産業大学在職中に教育研究の一環として英国ウィンザーチェアのスタイルについて研究してきました。1996年には、スティワート・リンフォード社にて名アルチザン、ピーター・スミス氏の協力によるウインザーチェアーの製作行程を短期間でありましたが、体験をすることができました。スティワート・リンフォード社は1977年、ハイウィカムにおいて19世紀当時のウィンザ-チェアスタイルを復活させるために、リンフォード氏によって設立された家具メーカーです。今日も尚、昔のスタイルを忠実に守りつつ生産を続けている企業で、ウィンザー城やV&Aの家具修復なども行っています。

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イングリッシュ・ウィンザーチェアの特徴は、その構造にみることができます。厚いシート(座板)は楡の一枚板(40~50ミリ厚)を基本として、旋盤加工で装飾された脚が直接ホゾ接ぎされ、ホゾ接ぎされたストレッチャー(貫)で補強された下部構造を持ち、上部構造には多様なデザインがみられるが、基本的にはコムバック(櫛形の背)とボウバック(弓形の背)の二つのタイプに分類される。

現代デザインの創生期に掲げられた機能主義デザインの源流といわれる家具の一つに、英国のウィンザーチェアがあります。18世紀の前半には、まだ地方のクラフトマンによって生産されていたこの椅子も、18世紀後半から19世紀にかけて、マニュファクチャーによる行き届いたシステムによって生産されるようになり、その後工業化が進むにつれて中産階級のための郊外住宅や、バーやクラブ、あるいはオフィスなど、イギリス全土に大量に普及し、そのデザインも変化していきました。一方、18世紀にはアメリカに輸出されていたウィンザーチェアが、フィラデルフィアを中心に生産されるようになり、アメリカンスタイルのウィンザーチェアが形成されていきました。

下の写真はアイバン・スパークス著「THE WINDSOR CHAIR1975年刊をはじめトーマス・クリスピン著「The English Windsor Chair1991年刊の写真資料の中から18、19世紀当時の典型的スタイルのウィンザーチェアを選び、忠実に再現復元したものです。1995年から取り組んで2013年をもってその全容が出揃ったものです。  平成26年2月16日 FDY家具デザイン研究所主宰 山永耕平

 

スティワート・リンフォード社

ウィンザーチェアという名前で知られる椅子は何千、何万というほど世界に広まっているようですが、これがウィンザーだという椅子はあまり知られていません。今日、このように広まってしまったウィンザースタイルにいまさらこれは違う、これは正しいと判断するのは問題がありそうです。しかし明らかに違うと思われるものがウィンザー・チェアという名でまかり通っている場合もあります。ウィンザーチェアという実態が明らかにされることなく、どうして名前だけが先行してしまったのか、諸説あるかもしれませんが、それは日本だけの問題ではありません。実は本場のイギリスでさえ、本当のウィンザーチェアは20世紀中ごろにはその姿を消してしまい、幻の椅子として語られていた時代があったのです。そういう頃に、民芸運動で知られる浜田庄司がイギリスから持ち帰ったといわれるものや、バーナード・リーチによって紹介されたものなどは最初にウィンザーチェアを紹介した先駆的なものではないかと考えられます。民芸運動の中でも池田三四郎のコレクションは貴重なもので、私の見てきた範囲のことで恐縮ですが、イギリスでも価値の高いものと評価されておかしくないと思っています。1973年の「民芸の家具」、1982年「三四郎の椅子」は貴重な書籍です。また1976年の家具保存協会家具の歴史館発行の「英国カントリーファニチャーの研究」は我が国におけるウィンザーチェア研究のパイオニアといわれるものがあります。同じ鍵和田勉著の「椅子のフォークロア」はウィンザーチェアについて知りたい方は是非読んでいただきたい著書です。当のイギリスにおいてはオークの時代やウォルナット時代などシェラトン、へップルホワイト、チッペンデールの研究はなされていましたが、ウィンザーチェアなどの研究は後回しされていたのです。その研究者にまず、アイバン・スパークス(がいます。彼の著書に1970年「イングリッシュ・カントリーチェア、1975年「イングリッシュ・ウィンザーチェアがあります。イギリスロンドンの西に位置しますハイ・ウィカムのチェアミュージャムにはウィンザーチェアの全てが紹介されています。同じハイ・ウィカムの街中に、200年前の工房を再利用して復活させて、19世紀当時のスタイルのウィンザーチェアを忠実に再現製造するために、スティワート・リンフォード氏によって1977年に設立されたウィンザーチェアメーカー「スティワート・リンフォード社」があります。1990年にバーナード・コットンの「イングリッシュ・リージョナルチェア」が出版され、1991年にはクリストファー・ギルバート(CHRISTPHER GILBERT)によるイングリッシュ・ヴァナキュラーファニチャーが出版されました。続いて1992年トーマス・クリスピン(THOMAS CRISPIN)の「イングリッシュ・ウィンザーチェアゴシック」が出版され、ウィンザーチェアの全体像がほぼ明らかにされました。このようにウィンザーチェアの実態が明らかにされたのは最近のことなのです。イギリスでも第一、第二次世界大戦を通して軍からの大量注文などに答えるために大量生産が普及するなかで、本来のウィンザーチェアの姿が消えていったのですが、わが国では、太平洋戦争後、アメリカなどからの大量注文でウィンザーチェアが大量生産される中で今日のようなウィンザーチェアスタイルが定着していったのではないかと考えられます。そこで、それらを参考にして私なりにこれがウィンザーチェアだというものをまとめておきます。わが国の椅子の歴史は昔から短いといわれておりますが、では、西欧の歴史が長いのかといいますと「さほど長いものでもない」のです。といいますと誤解を生じるかもしれません。歴史家でもない私がこんなことをいう資格はないかもしれませんが、西欧における椅子の歴史は様式や装飾の流れであって、その観点で申しますと紀元前のエジプトまで遡ることになります。今日のように多くの人が使用するようになった椅子の歴史はまだ浅いということができます。実は西欧においても、一般に椅子が普及するようになるのは産業革命以降のことになるのです。それゆえウィンザーチェアが現代椅子デザインの源流といわれるのですが、一般庶民が座れるようになった椅子は豪華な張物の椅子ではなくもちろん木製家具です。長い間、ペザントチェアと言われる椅子など、ちょっと腰掛けるだけのスツールのようなもので良かったのです。おそらくすわり心地を考えて作られるようになったのはウィンザーチェアが最初ではないかと私は考えております。歴史が浅いといわれながらもいろんな椅子が作られてきた現在、わが国は椅子大国になっているのではないかと思われるくらいにいろんな椅子が雑誌なども含めて紹介されています。しかしその日本でさえ、本当のウィンザーチェアは驚くほど知られていないというのが現実なのです。

ウィンザーチェアについてのマトメ

ウィンザーチェアは大別してイングリッシュウィンザーとアメリカンウィンザーに分けられますが、一般的にはイングリッシュウィンザーのことを言う場合が多いようです。またウィンザーチェアはイングリッシュ・バナキュラ・ファニチャーの一つでもあります。バナキュラとは自国のとかその土地固有のという意味です。その土地固有の木を使うのがウィンザーチェアなのです。アメリカン・ウィンザーとの違いはここにあります。アメリカン・ウィンザーチェアについては1996>年に出版されたナンシー・エバンスの大著「アメリカン・ウィンザーチェア(AMERICA
WINDSOR CHAIRS」に詳しくまとめられています。イングリッシュウィンザーチェアの特徴は、その構造にみることができます。厚い座板(ニレの一枚板)を基本として、それに旋盤加工された脚を直接枘(ホゾ)挿しして、ホゾ継による貫(ストレッチャー)で補強した下部構造を持ち、その上部構造には多様なデザインが見られますが、基本的にはコムバック(櫛型)とボウバック(フープバックとも言う)の二つのタイプに分類されます。初期の脚はストラット・レッグといって、シートに直接ホゾ挿ししたままで、貫(ストレッチャー)が付いませんでした。

イングリッシュ・ウィンザーチェアの木材 

シート: エルムの一枚板であることアーム・アームサポート、笠木、ボウなど: アッシュ(トネリコ)やビーチ(ブナ)、ユウ(一位) スティック: 基本的にフルーツウッド

ウィンザーチェア名称の由来

ウィンザー城にまつわる諸説がありますが、どれも時代背景からして実証できないことから、当時、王侯貴族の高価な家具に対してウィンザー地方からロンドンに運ばれてくる廉価な家具を指してウィンザーチェアと呼んだというのが有力な説となっています。ウィンザーチェアの初期の姿は貴族達がガーデンを楽しむための乗りものとして当時の絵画に見られます。それらは素材を守るためにダークグリーンに塗られていました。トーマス・クリスピン著の「イングリッシュ・ウィンザーチェア」によると1720代の英国では宮廷人達の広大な土地で使用された3輪の付いた3角形の乗り物があり、後ろの2個は大きく前輪は小さく、その上にコムバック・ウィンザーチェアが載せられていました。


参照:「イギリス カントリーファニチャー「ウィンザーチェア」の携帯研究 そのⅠ 九州産業大学芸術学部研究報告第26巻 1995年

イングリッシュウィンザーチェアの基本的見分け方

量産できるが大量生産ではない
シートが楡の分厚い一枚板
シートがサドル型に深く抉られている



スティワート・リンフォード社製
シート、アーム:エルム(楡)、脚、その他:ユー(イチイ)



18世紀当時のイングリッシュ・ウィンザーチェア
ヴィクトリア&アルバートミュージャム蔵(V&A)
 
スタイルから見分けることもできますが、当時のスタイルを知っていなければ不可能です。一見似ているので素人では見分けがつきません。

今なぜウィンザーチェアなのか?
(マイ・オピニオン)

ウィンザーチェアが現代家具デザインの源流の一つとみなされるのは、そのスタイルだけのことではないのです。デンマークの家具のすばらしさは今では周知のことです。そのデザインに影響をおよぼしたのがウィンザーチェアということも今では良く知れ渡ったことです。しかしそのデザイナーのフィン・ユールやハンス・ウェグナーの椅子のあの座り心地にウィンザーチェアが関わっていたとしたらどういうことになるでしょう?そう、人間工学の見本のようなものですから。ところが、その人間工学の以前に座り心地の手本になるような椅子が存在していたのです。

ウィンザーチェアの座り心地について

 私が初めてハンス・ウェグナーやフィン・ユールの椅子に触れてその座り心地に驚かされたのはずいぶん過去のことになります。その後、現代デザインの源流を求めてウィンザーチェアの形態研究をはじめたのですが、その過程で18、19世紀当時のウィンザーチェアを忠実に再現復元して実際に座り、その座り心地の良さに驚かされ、ウェグナーやユールの椅子の座り心地に負けないと実感する経験をしたのでした。その椅子の座り心地がウィンザーチェアのスモーカーズ・ボウやラスバックチェア</a>から来ていることを確信するようになってからは、神様のように思っていたウェグナーやユールが地上に降りてきたような気がしました。
 ウィンザーチェアが現代家具に影響を与えた例としてウェグナーのピーコックチェアやザ・チェアなどが、挙げられますが、座り心地にまでも影響を与えていたとすれば大変な発見ということになります。現在広範に流布しているウィンザーチェアだけではけっして経験できなかったかもしれません。それほど現代のウィンザーチェアの座り心地は当時のウィンザーチェアとは異なってしまっているのです。

 私見ではありますが、現代家具の源流と言われる理由の一つにウィンザーチェアの座が、おおよそ3度、後に傾いていることが挙げられます。それ以前の歴史上の椅子には見ることができません。それがデンマーク家具がうしろに大きく傾斜したヒントになったであろうということが、まず一番に考えられることです。

本当のウィンザーチェアを見分けるには

広告やカタログの写真でウィンザーチェアを見分けるのは難しい。拡大された写真でいかにも本物らしく見えるものもありますが、本場イギリスのネットで紹介されているものでさえ当時の本物にはめったにお目にかかれません。実際に実物を比較すると一目瞭然なのですが、それは職人の手で削られるものと、機械で大量に作られてきたものとの違いなのです。また、ウィンザーチェアはもともと個人のクラフトマンの手作りで作られていたカントリーチェアが初めですので、今日、クラフトマンや個人作家によるいろんなウィンザーチェアがあります。しかし当時の工場システムと多くの職人達の手をへて時間をかけて出来上がってきたウィンザースタイルとは、これもずいぶん違っているのです。

シートの厚み、木の材質や種類、加工の方法やその跡など近くに寄って実際の椅子に座ってみないとわかりません。是非、本当のウィンザーチェアに触れて座っていただきたいものです。そのためにFDY家具デザイン研究所ではできるだけ本物に近いレプリカを作って、それに座って触れていただけるように展示しております。どうぞお気軽にお越し下さい。

連絡先FDY家具デザイン研究所

福岡県宗像市朝野472
EL:0940-33-7238
Eメールアドレス:info@fdyamanag.jp

2012.03.18、  2013.05.08 太字部分修正加筆(2012.03.24 一部追加)

2014.02.01 トップページリニューアル

FDY工房

ウィンザーチェアの購入を希望される方へ

FDY工房でキャプテンチェアやウィンザースツール、キッチンチェア(スクロールバック・ウィンザー)を製品化しております。

また上記ウィンザーチェアは原則非買品ですが、教育研究資料等のためなど、あるいは特に御希望の場合はご相談下さい。

1770年頃
関連ページ: ウィンザーチェア(キャプテンチェア)の製作プロセス
         
        曲げ木のプロセス


ウィンザーチェアとは
What is the Windsor chair









チルターンズ・ユニバーシティ(Chilterns University1996年頃
1768年~1816年
1850年頃~
1850年~1900年
1850年頃~1900年
1768年~1816年

ウィンザーチェア発祥の地ハイ・ウィカム

ロンドンの西郊外にウィンザー城のある地方があります。そのさらに西北の位置にハイ・ウィカムという町があり
ます。昔この地方はチルターンズと呼ばれ、ブナを中心にトネリコや楢などの原生林におおわれていました。イギ
リスには当時いたるところにそういった地方が存在していました。17世紀までロンドンで家具生産に従事してい
た指物師たちが、ロンドンを離れて郊外の森に住むようになります。彼らはロクロ(旋盤)の技術を生かして独特
な椅子を生産し始めました。やがてハイ・ウィカムに集中してマニュファクチャーを形成していきました。そこで
生産され、丈夫で廉価な椅子のことを当時財産として価値のある高価な家具と区別して、なかば軽蔑をこめてウィ
ンザー方面から来る安物の家具、ウィンザーチェアと呼ぶようになったといわれています。(ウィンザーチェアに
ついての逸話はいくつかありますが、定説はありません。)参考文献:(THOMAS CRISPIN, The English WINDSOR CHAIR, 1992

1750年頃
1760年頃
18世紀末
18世紀末

































産業革命の進展とともに、椅子製造の工業化が進むにつれて、脚やシートの形は変わらずに上部の背の形は大きく変化するようになります。コムバック、ボウバックのスタイルに代わってスクロールバックと呼ばれるキッチンチェアが急激に普及すると、シートの下部構造にも変化が現れて頑丈な構造の椅子が生産されるようになりました。
ハイウィカム・チェアミュウジャム (High Wycombe Chair Museum)1993年頃」
ホイールバック・サイドチェア
ホイールバック・アームチェア
スクロールバック・サイドチェア
ラスバック・アームチェア
スモーカーズ・ボウ
ウィンザーチェアについて
ウェストディーンカレッジ(West Dean College)1996年頃
ロンドンの南ウェストサセックス州チチェスターにある家具の修復などで知られている

(Stewart Linford Chair Maker)1996年頃
ファンバック・アームチェア
チッペンデールスプラット
ボウバック・アームチェア
チッペンデールスプラット
スティック・ボウバック
アームチェア
ハイ・ボウバック アーム
チェア
ボウバック・サイドチェア
プリンスオブウエールズ

コムバック・アームチェア

ゴールドスミス 
ウィンザーチェア

キャプテンクック
ウィンザーチェア
ファンバック・サイドチェア
スプラット付き
ファンバック・サイドチェア
1760年頃
18世紀後期
1792年~1808年
1850年~1860年
1820年頃